押し入れの奥や屋根裏、長年動かしていない家具の裏などで、カラカラに乾燥した古いねずみの糞を見つけた時、多くの人はほうきで掃いたり、掃除機で吸い取ったりしてしまうかもしれません。しかし、その行為は、最も危険な病気の一つである「ハンタウイルス肺症候群(HPS)」に自らを晒す、極めて危険な行為です。ハンタウイルスは、主にドブネズミやクマネズミとは異なる、野山に生息する野ねずみが保有するウイルスですが、そのねずみが人家に侵入することもあります。このウイルスの主な感染経路は、汚染された糞や尿、唾液が乾燥して塵やホコリと共に微粒子となり、それを人間が吸い込むことによる「エアロゾル感染」です。乾燥した糞を掃いたり、掃除機の排気で舞い上げたりする行為は、まさにウイルスを含んだ微粒子を空気中に飛散させ、それを自ら吸い込むことに直結します。ハンタウイルス肺症候群の恐ろしさは、その症状の進行の速さと致死率の高さにあります。感染後、一週間から数週間の潜伏期間を経て、初期症状として発熱、頭痛、筋肉痛、倦怠感といった、インフルエンザによく似た症状が現れます。しかし、その数日後には、急激に咳や呼吸困難が出現し、肺に水が溜まる肺水腫を引き起こして、急速に呼吸不全へと進行します。有効な治療法は確立されておらず、集中治療室での呼吸管理が中心となりますが、それでも致死率は非常に高いとされています。この病気を防ぐために最も重要なことは、ねずみの糞、特に乾燥した糞の掃除を安易に行わないことです。掃除をする際は、ウイルスを吸い込まないように、医療用の高性能マスク(N95マスクなど)とゴム手袋、保護ゴーグルを必ず着用しなければなりません。そして、決して掃除機を使わず、塩素系の消毒剤で糞と周囲を十分に湿らせてから、静かに拭き取ることが鉄則です。乾燥した糞は、時限爆弾のようなもの。その危険性を正しく認識することが、命を守る第一歩です。