ゴキブリという生物がいかにして特定の場所に集まり、爆発的に繁殖するのか。その謎を解く鍵は、彼らが排出する「糞」の中に隠された化学物質にあります。昆虫生理学の視点で見ると、ゴキブリの糞は単なる排泄物ではなく、仲間に情報を伝えるための高度な通信媒体としての役割を果たしています。糞の中には「集合フェロモン」と呼ばれる物質が含まれており、これには仲間の個体を引き寄せ、その場所が安全で餌が豊富であることを知らせる効果があります。特に生まれたばかりの幼虫は、自力で広い世界を探索する能力が低いため、親や仲間の糞から漂うこのフェロモンの匂いを頼りに集団を形成し、外敵から身を守りながら成長します。一箇所の隙間に糞が溜まっているということは、そこが彼らにとっての強力な「磁石」となっており、外部から侵入してきた新たな個体をも呼び寄せる原因となります。また、ゴキブリの糞には摂食を促進する物質も含まれていると言われており、糞がある場所の近くでは彼らの活動がより活発になる傾向があります。この繁殖のメカニズムを理解することは、効果的な防除戦略を立てる上で不可欠です。どれほど強力な殺虫剤を使って成虫を駆除しても、糞の中に残された集合フェロモンが消えない限り、その場所は次なる侵入者にとっての「招待状」が出されたままの状態となってしまいます。したがって、真の根絶を目指すのであれば、糞を物理的に除去し、さらにその場所を化学的に洗浄してフェロモンの痕跡を完全に消し去る必要があります。プロの業者が糞の清掃に並々ならぬ執念を燃やすのは、この見えない「匂いの道標」を断つためなのです。また、逆転の発想として、この習性を利用したのが食毒剤(ベイト剤)です。糞の近くに毒餌を置くことで、フェロモンに誘われて集まってきた個体を一網打尽にすることが可能になります。私たちは、ゴキブリの糞を単なる不潔なものとして忌み嫌うだけでなく、彼らの社会を支える通信インフラであると認識しなければなりません。そのインフラを破壊することこそが、繁殖の連鎖を断ち切り、家の中から彼らの居場所を奪い去るための最も知的な戦い方となるのです。
ゴキブリの糞に含まれる集合フェロモンと繁殖のメカニズム