紙を食べる虫は、一般家庭だけでなく、人類の知の殿堂である図書館や、歴史の記憶を留める博物館においても、最も恐れられる天敵の一つです。何百年もの時を超えて受け継がれてきた貴重な古文書や、歴史的な書物、美術品。これらが、小さな虫によって、修復不可能なダメージを受けてしまう可能性があるのです。図書館や博物館では、これらの文化財を害虫から守るために、「IPM(総合的有害生物管理)」という、科学的なアプローチに基づいた、徹底した防虫対策が取られています。IPMの基本は、殺虫剤の使用を最小限に抑え、環境的な要因をコントロールすることで、害虫の発生を未然に防ぐ、という考え方です。まず、最も重要なのが「環境管理」です。書庫や収蔵庫は、一年を通じて、温度と湿度が厳密にコントロールされています。一般的に、温度は20℃前後、湿度は50%前後に保たれ、紙を食べる虫やカビが繁殖しにくい環境が維持されています。また、外部からの虫の侵入を防ぐため、建物の気密性を高め、入り口にはエアシャッターなどを設置します。次に、「モニタリング(監視)」です。書庫の各所に、粘着トラップなどの罠を設置し、どのような種類の虫が、どこで、どのくらい捕獲されたかを定期的に記録・分析します。これにより、害虫の発生を初期段階で察知し、被害が広がる前に対策を講じることができます。そして、万が一、害虫の発生が確認された場合や、外部から新たに収蔵品を受け入れる際には、「殺虫処理」が行われます。この際、薬剤を直接噴霧する方法は、文化財を傷める可能性があるため、通常は用いられません。代わりに、密閉した空間で、窒素ガスなどを充満させて、中の生物をすべて酸欠死させる「低酸素濃度処理」や、マイナス20℃以下で凍結させる「冷凍処理」といった、文化財にダメージを与えない、物理的な殺虫方法が選択されます。このように、図書館や博物館では、私たちの目に見えないところで、人類の貴重な遺産を守るための、静かで、しかし絶え間ない戦いが繰り広げられているのです。
図書館や博物館の天敵、文化財を守る戦い